wannabeneet’s blog

ワナビニートによる書評が中心のブログ 

書評 フィリップ・k・ディック『偶然世界』

 ディックと言えば映画化された『アンドロイドは電気羊の夢を見るか』(映画は『ブレードランナー』と改題)が有名である。何故わざわざ本作『偶然世界』を取り上げたかというと何の事はない、たまたま今日読み終わったからである。

 あらすじ

 本作の舞台では九惑星系の最高権力者が偶然によって交替する。そして本作では新しく権力の座を射止めた、カートライトと元の最高権力者、ヴェリックとの権力をめぐる対決が描かれている。

 具体的には元の最高権力者が新権力者を殺害しようとする試みる。こう書くと物騒だが、新しい権力者に刺客を送り込むのは公的に認められているのである。逆に言うと、公認の刺客以外が暗殺しても権力を取り戻すことは出来ない。そして新権力者カートライトを守るのが、一定の近さにいる人間の思考を読むことが出来る、テープ部隊である。以下、大幅なネタバレなので注意。

 

 そのテープ部隊に旧権力者ヴェリックが対抗する方法は偶然性である。ヴェリックが送り込む刺客は人間ではない。人間のオペレーターが遠隔操作する義体のようなものだと思って差し支えない。そしてそのオペレーターの交替はあらかじめ用意された二四人の要員の中からランダムに行われる。次々と人格が切り替わって行くので、テープ部隊は、思考の連続性を追うことが出来ないのだ。また交替がランダムなので次のオペレーターが誰かも読むことも出来ない。

 感想

 最高権力者が偶然性によって、選ばれるという仕組みは、投票による民主主義に慣れた私達にとって、かなり突飛なものに思えるだろう。だが、くじ引きによる民主主義の起源は恐ろしく古い。なにしろ民主主義が発祥した古代ギリシアの時代からあるのだから。

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 以下は政治学者の吉田徹が書いた記事の引用である。

 

 (前略)古代ギリシャ古代ローマ、あるいはルネッサンス期のイタリアまで、近代以前の民主政治では、統治者の選出にくじ引きが普通に用いられていた。古代ギリシャでは、行政官や裁判官を含む公職の約9割がくじで決まった。

 ディックがこのような歴史的背景を知っていたか、どうかは無論、定かではないが。

 SF特有の設定と奇異な単語に少し躓くことはあったものの、すぐに読破することが出来た。最近読みづらい小説ばかり手に取っていたせいかもしれないが。新権力者を殺害しようとする側とそれを防ごうとする側の戦いは、単純に読み物として読んでも面白い。ゲーム理論や偶然性などの要素も深く絡んでくるので、それらについて考える楽しみもある。ディックファンやSFオタク、あるいはあらすじを読んだだけで興味を抱いた人ならば読んで損はないだろう。ただ、宇宙船などの機械的なSF要素に対する説明はそれほど多くはない。機械に対する重厚な描写を好む読者には本作はあまり向かないだろう。

 私としては、同じディック作品ならば『高い城の男』のほうが面白かった。もっともこれは、私が歴史好きであることを値引いて考えなければならないのかもしれないが。(『高い城の男』は枢軸国が二次大戦に勝利した世界が舞台である)

 

偶然世界 (ハヤカワ文庫 SF テ 1-2)

偶然世界 (ハヤカワ文庫 SF テ 1-2)

 

 

 

高い城の男 (ハヤカワ文庫 SF 568)

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